行きたくない大学へ入学したが

不本意の結果となり、納得出来ないまま惰性で大学へ入学。
今でも覚えている強烈な思い出は新入生サークル勧誘活動。

大学に入り、コミュ障を治したいと必死で思っていたので
「何らかのサークル」に入ることは必修だと思っていました。

比較的広い講堂でサークル説明会。
会場に赴くと目の前にはどでかいスピーカーが二つ。
音楽サークルの先輩が数名出てきて
「これ、前の人うるさそうだな」
「我慢してね」
と、 最前列の新入生にお願いをしてました。
腰まで届く長髪。当然脱色。ヘヴィメタルの出で立ちで
しょっぱなから始まった激しいドラムのビートとディストーションギターサウンド。
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あーうるせー (-"-)
死ぬかと思いましたね。
でも、この事で何か吹っ切れました。
仮面浪人をして名の通った大学に入ると言うことは諦めて
今自分ができる事をこのFラン大学でやっていこう。
そう思いました。
その後は円滑なコミュニケーションを目指すと言う某サークルが
あったので、そこに入部しました。
 

サークルと授業を真面目に受ける日々

大学でもクラスというものが存在し、高校の延長みたいなもんでした。
でも講義に出る出ないが自主性に任されているため、
自由な雰囲気が溢れていて、私はそれを満喫しました。

徐々に友達もできはじめ、女性と話すことが困難だった自分も、
普通に話すことができるようになりましたね。

人によって話しかけにくい、苦手だという人も多々いましたが
そういう人とは無理に関わりあう必要もなかったのが
大学生活の良さでした。

サークルでは先輩がいて、上下関係を学びました。
今から思えばホント古き良き時代って思いますけど
それなりに居心地はいいですよ。

先輩は先輩で後輩の面倒を見ようとするし、
後輩の立場としては先輩をたてようとするし
互いに補完する関係でしたね。

サークルのいいところは自大だけにとどまらず、
他大学との交流も盛んだということです。
これによって他の大学の友人もでき、
女性とも色々知りあうことが出来ました。

コミュ障が多少なりとも解消できたのはこの大学生活が
あったからこそだと思います。

とにかく何かやってみようと自主的に活動することが
前進する事に繋がると実感します。

そのうちFラン大学と言うことはさほど気にしなくてもいい
と言うことに気付きました。

今は大学の存在理由が危ぶまれる時代ですが、
当時大学進学は例えFランであっても重要視されたのです。
 
ま、そのうち母校はなくなってしまうでしょうね。
残念ですけど、仕方ないとも思っています。 

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